♡ ♡ グっときて抱きしめるの ♡ ♡

 

 

07

4月

2012

2012年4月6日・・小学校入学式の日

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15

2月

2012

にゅう・す(NEWS)という言葉が日本になじんだ訳?

いま、連れ合いの棚で見付けた、この本読んでいます。

 

決定版 タオ指圧入門」遠藤 喨及著 (講談社プラスアルファ文庫)

 

なんで連れ合いが、この本をもっているのか、正直さっぱり分かりません。

が、私のように、閃きを軸にして人の体を出来ることなら癒したい〜〜!と思っているような実践派の方には府に落ちる内容が盛りだくさんで、お奨めです。

 

この方自身の閃きが相当強そうなので、周りに集まってくるファンの方々がどういう方たちなのか、個人的には若干想像上戸惑う感じですが、本いいですよ。

本当のことが書いてある(と私は感じた)本というのは、人間関係なんかにもツナガルもんなんですね〜。そう感じながら、読んでいます。

 

で、その中に

____________

「すこやか」とは、すっきりと澄んでいること。「す」とは、物が妨げられることなく通り抜けること。・・また「すーっとする」は、旨のつかえがおりたときに使う言葉。「すこやか」は心が澄んで自我の妨げなく、やわらかい状態になることである。

____________

 

確かに!最近のわたしの中の「す」といえば、マイブームだった、マンガの「すーちゃん/益田みり著」も、「す」だ。(すーちゃんシリーズ何冊かあるんだけど、働く女子にとってもお奨めのヘタウマ系のでもいが〜いに深いマンガです!)

 

本の中に、そのあとに、<やわらかい>の説明が続くのですが、良くかんがえたら「にゅう」のイメージなんて、私の単純な頭では、このやわらかいの「柔」か「乳」くらいしか、思いつきません。

 

それでふと思ったのよ。

「今晩は。7時のニュースです。」ってのの、「ニュース」という言葉。

このカタカナ英語(?)。まだまだ外人さんいたら、びびっちゃうような、私のこども時代にも、もうすっかり定着していたな〜と、ふと思って。

 

そうか。。「にゅう」に「す」だもんね。

やわらかいものと、すーーーっとするもの。

 

なんかさ、こう考えると、日本人にとって、

気持ちのいいイメージがする、音の響きのコラボレーションじゃないですか?

 

何が書きたかったんだっけ?

なんとなく気付いちゃったこと?あと・・・あと本2冊か。

 

amazonの画像とリンク張りたいな〜〜。確か出来るんですよね?

 

 

 

 

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14

2月

2012

あせり・・

プリンプリン物語、観た方いらっしゃいますか?

もうね、とっても懐かしくて、我が子にみせてやりたかったです。

 

 

・・さて、今日も、もうお終いですね。

そうでない方も、我が家にもおりますが。みなさま、色々おつかれさまです。

 

さて、子どもが幼かったころというのは、

「あ〜〜〜!今日もやっと終わったぁ〜〜!」って寝る前によくそう思いましたね。

なんとか、一日乗り切った!みたいな、そんな気持ちです。

 

それに比べて最近はと言うと、

子どもたちも手がかからなくなってきてみると、

なんとか、無事に終わった〜!という感覚が以前ほどではなくなりました。

 

でも、現実的には、

仕事のお題をどんどんこなして、

食事や洗濯をして、子どもの話をきき、

バレンタインのチョコレートだって買って、

明日の仕事のメモまで残す。

自画自賛的にいえば、ま〜〜よく今日も一日はたらいた訳です。

(レベルが低いんでね、お鼻でお笑いになった方々、ご自由にどうぞ〜♪)

 

なんで、よくやった訳です。

今日も、よくやったと。

 

なんとなく夏に向けて、

予感だけはするのに、そのソワソワ感が原因で、なんとなく珍しくあせりを感じているような気がします(どっちよ?w)。

 

でもね、一日一日、今日も自分と向き合って、がんばった!よくがんばった!

それでいいじゃないねぇ!

 

みなさまも、今日も一日、がんばった!(がんばってる!)

 

 

 

 

 

 

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10

2月

2012

go-go-プリンプリン♪yes-yes-プリンプリン♪

大興奮な宣伝です!

わたしのw「プリンプリン物語」がやるんですぅ〜!

 

今週日曜日!___________________

NHKアーカイブス

シリーズ人形劇(1)プリンプリン物語

放送:2月12日(日)総合13:50〜15:00

_________________________

 

1979年から82年まで放送された人形劇「プリンプリン物語」。
主人公のプリンセス・プリンプリンが生まれ故郷を探し求めて、
仲間たちと世界各地を旅するミュージカル仕立ての物語です。
楽しい歌の数々。そして、
“知能指数1300”のアクタ共和国ルチ将軍!
ナチスドイツをモデルに、当時のチリ・ピノチェト独裁政権を風刺したと
言われる強烈なキャラクターでしたよね。こんなふうに時事ネタも取り
込んだユーモアあふれるオリジナルストーリーは、子どもたちに大人気!
わたしもワクワクして見てました。
番組では、川口アーカイブスで開かれた人形劇イベントの模様や、
人形作家の友永詔三さんのインタビューも交え、プリンプリンの声を
担当した石川ひとみさんをゲストに招き、公開収録で「プリンプリン物語」
の魅力をたっぷりと語ってもらいます。

 

・・

 

さて、この友永詔三さんですが、同じ集落に住んでいらっしゃる。

そのお宅のすてきなこと!別棟で美術館もある。

元々ふる〜〜〜いお宅をご自身で改築していって、もうその素敵さと言ったら!

プリンプリンの人形たちも、出張(個展のときなど)以外は、いつも近くに住んでいて、

最初引越してきたとき、この偶然に心舞い踊りましたもの〜。

 

是非、ご覧くださいませ!

 

で・・・なんだかんだ言って、歌って踊ってっていうモノが好きなんです。

 

映画だと、「天使にラブソング」とか、最近観た青春映画だと「たいようのうた」とか(これなんて主人公が歌ってるだけだけど、それでもポイント高い)。ポニョだって、トトロだって、歌がなかったら、かわいさ半減。お笑いのキャラで昔「ゴリエちゃん」っていたけど、彼女の踊りも歌も楽しくて、うれしくなったな〜。

他にも、歌ったり踊ったりが、まぜこぜになっている、明るい話しは好き。

 

ちょっと前注目していたのは、(言わない方がいいと、きっと周りは言うだろうけど・・あはは!)韓国の少女時代とかも好きでした。

 

「何を!登美子さんがっ!」とか言わないで・・まぁ、聞いてください。

トータルの求めている視点は、『邪心のないこと』それにつきる。

 

だから、子どもの歌とか、学校の学芸会の合唱とか歌とか、すぐ涙腺がゆるむ。

少女時代の子たちってのは、数名策略を感じるけど、最近あんまりみない「邪心のなさ」があります。最近はどうなのかな〜?最初日本に来たころに、たまたまテレビで観たときそう思って、おどろいた。

 

そりゃもちろん、子どもの生歌や笑顔が大好物だけど。

その方向にベクトルが向いている、歌や踊りが好きなんです。

 

かわいらしくて、まっすぐな気持ちに出会うと、

言葉では言えないような・・、必死な気持ちが音にのっかってやってくると、

気持ちが、シュワ〜〜〜!!って昇華していくのを感じます。

 

いいものです。。しみじみ。。。

 

そんな訳で、go-go-プリンプリン♪yes-yes-プリンプリン♪

プリンセス〜プリンプリン♪(テーマソング)

観てね!

 

(うちはテレビがないので、友達の家にでも行ってみるかな・・)

 

 

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08

2月

2012

自分と世界の接点でぐるぐるぐる〜

仕事やっていると、あっちこっちで正論顔の意見が飛び交いませんか?

そうでもない?

 

私のような、個性の強い方々を周りに仕事をしていると、あっちこっちでいろんな種類の個性的な正論顔の意見が飛び交います。

 

比較的、常識的な正論が通るかと思いきや、

所詮変わったことをしているものですから、その正論が通ることばっかりでもなくて。

ご迷惑をかけたり、気にしたり、そりゃまぁワタワタすることが多いです。

 

・・それに比べて、夫婦のこととなると、大人であれば、あんまりヨソ様のご夫婦にあーだこーだ言わないものです。もちろんその周りの友人たちは、どちらかの愚痴を聞けば

「それは、けしからん!」(なみへいさんかっ?)と言う人もいるでしょうけど。

 

夫婦だと、何が正しいとかではないんですよね。

お互いで無理がなければいいんです。

すごい汚部屋で暮らしていようとも、2人ともが汚いのが気にならないなら、問題になりようがありませんものね。持論・・俺論を通しても2人だったらあり得る、他人様では分からないバランスさえとれていれば、それでいいんですよ。

 

ただね、どっちかが無理していたとなったら、夫婦でも、会社でも、友達でも問題です。

大抵我慢強い人間の方が、後々面倒くさい。自分もそうだからよく分かる。

 

私の感覚では、上からモノを言ったり、上手く口先で丸め込んだりするような人とか、声も態度も威圧感もでかいとか(私か・・;?)、そういう人が、以前だったら最後まで通るような世界だったと思うんですよ。でも、もう最近は、だんだんそうじゃなくなっている気がしています。最後まで、それがまかり通らない。

 

結局、無理もはじけて、外に現れて、オオワラワ。そんな時代になった気がします。

 

自分の都合に合わせようと意図している人は(本気なら別)、いい思いが出来なくなってきている。我慢している人は、結果自分でぶちまけてしまう。

 

なーーーんか、そんな時代だと、私は感じています。

 

私も我慢しがちなので、それは気をつけないといけません。でも、ハラには抱えないタイプなので、割とこの時代生きやすいなと思っているが、買いかぶり過ぎだろうか?

 

相手も尊重して、自分も尊重して、声を荒げないで、意見は静かに口に出したいものです。

そこで、ノルかソルかを、各自が判断するしかないのだ。

そういうスタイルが、これからの大道になるんだと思う。

周りの人には静かだが、連れ合い相手だと、どうしても感情的になる私も、肝に銘じつつ。。。

 

・・さて、例の汚部屋夫婦の、今日はゴミ出しの日です。

本人たちは、それなりに気をつけているつもりなのでしょうが、同じアパートのキチンとさんから、ゴミの出し方について苦情がきました。でも、汚部屋夫婦にしてみれば、それでも気遣っているのですから、その神経質さに、尋常ではない!と判断します。

 

さて、どうする?

 

キチンとさんに諦めてもらうのか?

汚部屋夫婦が、改めるのか?

折衷案が探せるのか?

どちらかが、そこからいなくなるのか?

無視するのか?

 

自分の小さな世界とさらに大きな世界との接点にあたる部分。

そこに調和が見いだされる所にしか、人って長居できないんですよね。

 

正論と正論。

 

その時にやくにたつのが、なんでゴミの日を決めたり、種類を分けたりしているかってこと。

やっていることを軸に見据えると、分かってくることもあるだろうし。

おもしろいのは、キチンとさんが、なにもかもキチンとさんか?というと、実は、こっそり森に粗大ゴミを放棄していたりするかもしれないのが、世界。。なんともなんともです。

 

正論と正論。言い分と言い分。

 

接点のさらに接点の、究極のその一点で繰り広げられる人間模様。

パズルとパズルがぴったり合うみたいに、個性的な形にぴったりなのは、結局相手側も個性的な形しかないのだろうけど。

 

お互いに学び合って、素敵なパズルの絵ができるのを、ひけ腰でなく、前向きに楽しみたい。

怖がらないで、率直に、向き合うのだ。

ライオンに喰われるわけじゃないしさ。

 

パズルが完成した、その絵を心に描いて・・・♪

 

 

 

 

 

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08

2月

2012

さぁ、今日はもう、これでお終いよ。

若い時に感じなかったのだけど、

年のせいなのだろうか?

 

朝起きたときに、頭の中が情報満載すぎるのだ。

情報過多で目が覚めるから、すがすがしいというよりは、昨日を引っ張っている感じ。

 

やばい・・やばいと感じる今日このごろです。

 

じゃぁ、不眠症か?・・といういうと、ヒマラヤのヨギ、ヨガマスターの書いた最近のお気に入りの本を2,3ページ読めば、心穏やかに、あっさり眠りについてしまう。朝の寝起き自体もいい方だと思う。

 

お母さんたちには共感してもらえるかもしれないけど、

ちょっと変わっているといえば、

寝ているのに目覚めているようなところがあるのだ。

子ども達のほんのちょっとした様子で、私が目覚めて「大丈夫?」というのが、

子ども達には、特に高校生の長男には、ちょっと恐ろしいらしい。あはは。

眠りが浅いのかもしれないけど、赤ちゃんを育てるのってそういう事の繰り返しだし、今更でよく分からなくもある。

 

なので、最近工夫しているのが、こんなこと。

・布団までパソコンを持ち込まない。

・出来るだけ入浴後はパソコンを見ない。

・夜あんまり激しい内容の映画とか観ない。

・ヨガの複式呼吸を意識するような、呼吸法を、布団の中で、数分する。

・「今日はこれでおしまい。ありがとうございました。」と、小声で自分に言う。

 

とか、やってみている。

少しは利いているのかな?

 

仕事だって、人間関係だって、心配事や、やりかけの中途半端なんて、だれでもみんな抱えている。「あ〜心配だから眠れない〜〜」って言ったってさ、しょせん寝るんだもん、何もできやしないじゃない?だったら、いったん手放したいよね。今日のことはこれでお終い。

 

♪今日の日は、さよう〜な〜ら〜。また、会〜う〜日まで〜♪じぶん〜〜♪

 

きっと、眠りで充電した朝には、やらなければならない事が、やってやるぞ!という気持ちになるさ。

 

きっと、明日もいい日になるさ♪

きっと、今日もいい日になるさ♪

 

さぁ、みんな、明日までちゃんとお休みなさい。

今日は、もうこれでおしまいよ。

 

 

 

 

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06

2月

2012

「詩」の会をやったら、ためになっちゃった。

渋谷3丁目企画として、詩の会をやった。

 

登美子の部屋のゲストでお招きしたことのある、touta.のユーゴさんの友人でもある、詩人:白井明大さんに講師に来ていただいた。touta.さんで、昨年詩の会をやられて、お誘いいただいた流れで、この会を閃いた。

 

「登美子の部屋」の、過去のゲストへのお手紙を見た方は分かると思うが、私も詩を書いている。

 

うーん。。詩を書いている・・書きたい・・・って訳ではないのですよ。

 

ただ、その人らしさを伝えるには、長文でながながと書く方法もあるけど、短く、私の心に閃く、自然の一部に例えて書く方が、私にとっては、より伝えられると感じているから書くし、ゲストのみなさまには、割合楽しんでいただけているようだ。とは言え、本文のお手紙よりも、時間と労力がかかるのが、この詩の部分でもある。

 

伝えたいことのエキスがつまったのが=詩

私にとっては、詩って、そういうものかな。。

 

・・私を含め、初の顔合わせの生徒10人(ボランティアさん2名、出店者さん1名、スタッフ1名、『登美子の部屋』事務局長1名、他のみなさんは、ブログやツイッター、facebookで知ったみなさん)と詩人:白井明大先生。

ゲーム的な感覚の遊びからはじまって、最後にはそれぞれが自分の詩を発表した。

 

「言葉が先にあるんじゃない。

事象があって、景色があって、気持ちがあって、それを人間の都合で言葉にするだけ。」

  そういった事を先生がおっしゃった。

 

また

「自然なんて、しょせん言葉になんかしきれない」

そう聞いて、少し楽になった。

 

私自身は言葉にブレーキ(型にはまっていたり、語呂を無意識的に意図していたり、縛りが多いこと)が強いそうだ。なので、音遊び的なことを意識して参加させてもらった。

 

みんなが発表した詩。

「あなた自身が言葉になるだけですよ。」

その言葉通り、同じ流れでやったことなのに、長さ、漢字の量、文体、ひらがな感、読み方、語尾、まるっきり、まるっきり、みーんな違う。

 

当たり前だ。私たち自身がみんな違うんだもの。

先生にアドバイスをもらって、みんな自分の言葉を大事に(自分を大事に)詩をつくった。

 

おもしろい。おもしろいのだ。

この新しいおもしろさ、どうやって?何に?繋げよう。

 

そう、はっぴー♪

SO HAPPY〜〜〜♪

 

わたしたちは、自分をうけとめて、周りの人のことも、そのままに受け入れられたなら、この詩を楽しんで聴けたように、そう、はっぴー♪なのだわっ!

 

ちなみに、私が発表した詩。

  _______________

 

お題「キのうえ」

 

キのうえか

キのしたなのか

 

うえに行き

したに行くのよ

 

寝ころんで めをとじているのよ

のぼってね 見つめているのよ

 

どこにいる?

待っているのよ。

 

2012.2.4 tomiko

 

____________

上手くはないけどね。でも、自由な感じが今回のみそ♪恋愛ものっぽ〜い!

 

 

・・・・こんな風にいうのも、自分で開催しておいて、なんなのですが、

この詩の会、感じることはあっても、得ること?とは、あんまり関係ないのかな〜?と

思い込んでいたのです。

 

その位、文字って、なんとなくで使っているから。

 

でも、ためになった(笑)。

さすがプロ。白井先生、えらいっ!

 

初の文化系企画?!大成功〜〜〜!!

 

 

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06

2月

2012

happy strawberry

節分の日は、苺の日でした。

とても素敵な苺の日。

 

朝仕事の流れで、大切な友人と一緒にパン屋さんに入りました。

そこにあった、「イチゴロールパイ」150円。

イチゴと書いてあるけれど、ほんとうにほんのりかすかなピンクの生クリーム。

 

コーヒーと一緒に戴いたら、

ほんのりかすかなピンクからは想像できないような、

春の新鮮な苺の味と香りが口いっぱいにひろがりました。

 

「・・なんて、おいしいのっ?!!」

友人と顔を見合わせ、ゆるりとほほえみっぱなしな昼下がり。

寒そうな景色とは裏腹に、温室気分の苺とわたしたちは、春の気配いっぱいでした。

 

1人じゃなくてよかった。

1人でこんなにうっとり微笑めないし。

あなたといっしょでうれしい、苺の日。

 

・・それだけだったら、よくある話しかもしれないけど。

 

その日、facebookで友人の誕生日だと分かった。

何故よ?何故よ?という流れで、地元の神社の節分にいくことになり、

その誕生日の友人と小さな娘2人と彼女の背中に負われた赤ん坊の少年1人。

総勢5名で、振る舞い酒と豚汁をいただいた。

 

近所にある、苺ロールパイを一緒に食べた友人宅に、みんなで行き、

季節外れのでも何故か苺色のハイビスカスティーをいただく。

0才の少年は、さっきまであんなに情けない顔で泣いていたのに、

おっぱいをもらって、リンゴを一切れしゃぶり、ご機嫌になった。

 

話しをきけば、ケーキ屋さんを探しているという。

彼女たちは、ママ専用の車をもっておらず、近所でチビッコ3人連れてケーキを探す旅に出るという。空っ風の吹く中に、そんな自転車の旅はちょっと過酷すぎる。

でも、家族の誕生日にケーキを食べるのが、特に6才の長女のいつもの楽しみだそうだ。

 

「わかった!登美子さんが、誕生日ケーキ買って、あとで届けてあげるから!」

「どんなケーキがいいの?」と長女にきくと

「苺ののった、まぁるいケーキ!」という。

「わかった!」

 

そうして、私は学校帰りの次男と一緒にバースデイケーキをかいにいった。

ちょうど4人で食べるのにぴったりの小さめのおいしそうな、苺のケーキを発見した。

「バースデイケーキなので、プレートとロウソクも付けてください。」

店員さんにお願いした。

「お名前は、なんて書きますか?」

しばらく考えた。彼女の名前でもいい。娘たちも母親である彼女を名前で呼ぶときもあるし。

でも・・・そうだ!

「<ママ>でおねがいします。」とわたしは言った。

そういったら、定員のお姉さんが、少し微笑んだ。

私が年老いた母のことを、<ママ>と呼んでいると思ったかもしれない。

 

暗くなりかけた道、車で帰り道にある彼女の家によった。

タイミングよく6才の長女が玄関に出てきた。

「これは、登美子さんから、あなたたちにプレゼントするからね。だから、あなたたちから、ママにプレゼントしてあげてね♪」そう言うと、

「ありがとう。」と可愛く可愛くほほえんだ。

 

踊りはしなかったけど、私の心は、その場で幸せでクルクルと回転した。

 

翌日、ママである彼女からメールがきた。

3才の次女は、一生懸命、体いっぱいに、誕生日の歌をうたったそうだ。

みんな大興奮で、ロウソクを消したそうだ。

そのケーキが下の写真。

 

・・そんな苺の日。

happy stwawberry♪♪

 

誕生日おめでとう。心からおめでとう。

 

素敵な日をありがとう♪

 

 

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18

11月

2011

「今やっていること」

みなさま、お久しぶりです♪

お手紙、ずーーーーーーっと、お待ちいただいた方もあるかと思います。

本当に申し訳ありません。

 

えー、ブログもまったく更新しておりませんでしたが・・。

さて、私が裏で何をやっていたかと言うと、

もうほとんどは、仕事。それに子育てだとか普通の煩雑な忙しさ。

 

その次に、実は・・実の兄とのブログをマメにやっているんですね。。

実の兄は、色々な意味で「今」転機を迎えておりまして、

その応援やら、コミュニケーションやらに、気持ちを割合つぎ込んでおります。

 

何事も、今!っていう瞬間がありますね。

 

あぁすればいいのに・・・、こうできたらおもしろいのに・・・、

色んな理由をもうけて、本当は立ち向かった方がいい大きなことや、自分がお腹の底でずっと気になっている事柄を置き去りにして、人は見て見ぬフリをして、暮らしてしまいがちです。

 

でも、兄とのブログは、今!!という、見過ごしてはいけない「今」という瞬間の重要さを感じた訳です。

 

みなさまには、お見せできませんが、

それぞれ、「今」という瞬間を見逃さないように、参りましょ。

 

「今」なら、出来る、拾える、救える、自分の気持ちがあるのなら、その瞬間の後ろ髪をしっかりと握って、離すことが、ありませんように。。。

 

 

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09

8月

2011

石巻で、祈ってきます。

みなさん、こんばんは!

 

急なのですが、明日から2泊で石巻に行ってきます。

 

たくさんの命が失われた、その傷を、感じると思います。

私にできることは、感じること。

その感じを、忘れないでいること。

その感じを胸に、大事なこと「命」を一番の軸にして、判断していくこと。

 

高校生の長男が、なんとなく言いました。

「母さんは、あとどれくらいで人類が滅びると思う?」

 

「俺は、あと30年くらいしか、持たないと思う。

宇宙戦艦ヤマトみたいに、放射能で空気が汚染されて、まともに空気も吸えなくなるんだ。」

 

私がいいました。

「母さんは、何億年も、まだまだ続いていくと思うよ。

色々と悲しいこともあるだろうけど、ずっと先に人がいなくなるなんて、ないと思う。

人の体は予想以上に柔軟に対応して変化していくと思う。そして、反省をたくさんして、

正しい判断をして、人はずっと智恵を使って生きていくと思う。もっと、品がよくなると思う。」

 

小学校3年生の次男が言いました。

「100京年は生きるとおもう!!(一京/10000000000000000 彼は単位を算数で習ったばかり。

 

鼻息荒い次男に、私は大笑い。長男は、ふんっ!とそっぽを向く。

 

長男に「高校卒業したら、何したいの?」と膝詰めで話した時に言われた言葉。

 

「僕、世の中がどうなるか?も分からないと感じているのに、自分のことなんて、なんか考えられないんだ。」と言われた。

 

たくさんの命が天国へと旅だっていった。

その命の重さを感じて、この子たちの将来に夢や希望が持てるよう、がんばりたい。

 

だからこそ、私は、笑って生きていくんだもん!!

 

じゃ、行ってきまーーす!

 

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06

8月

2011

傷つく必要があることなのかしらん?

おはようございます。

 

今日は、我が家は久しぶりにいいお天気です。

偏頭痛は、お陰様で、先日ブログを書いた日以降旅に出たようです。ありがたい。。よっぽどかブログの更新が気になっていたのでしょうか?あはは〜人って、おもしろいですね。

 

さて、日々の暮らしの中で、人が自分に対して言ってくれる意見。本当にありがたいことです。ちっとも心にとまらないことは、それなりにですが、傷ついたり、心にどうしても引っかかるような事を言われることも多いですね。

 

傷つくことの理由に、忠告してくれた人から愛情が感じられない・・ってのがあります。当然、いわゆる暴言だと感じるような事を言われた時は、さっさとそのコトバと縁を切りましょうね。

 

あと、自分でも分かっているけど、なかなか変えられないことだとか。そういう事だと、「やっぱりね。。」と感じて、落ち込んでみたり。

 

ただ、一個大事なことが。

 

相手の忠告は、あくまで相手の価値観、相手の気持ちでよかれと思って言ってくれたことです。

 

大事なのは、あなたの価値観です。あなたがどう思っているのか?いちいち他人に説明してもいられないので、どの位思い入れがあるとか、どんな風に感じているのだとか、伝えきれないことの方が多い。ましてや、コトバをつくして説明したつもりでも、コトバでは伝わらないことの方が多いかもしれない。

 

単純に、言われてくやしいから、自分の中で、その相手や、そのくやしさに対して言い訳をするために、理由をこねくりまわすのは当然論外だけれども。大事にしたいことを、相手に理解してもらえてなかったとしても、気にする必要はありません。

 

「あぁ、あなたにとっては、そういう事なんですね。分かりました。」と心でそっとそう受け止めて、さらりと流す。

 

他人に言われたコトバは、他人のモノ。受け取ると、自分のモノになる。受け取る必要のあるものは、ありがたく受け取り、自分の成長の糧に。受け取りたくないものは、受け取らなくていいのです。

 

一度流したそのコトバが、私たちの成長やなんらかの気づきによって、受け取りたいコトバに変わる日が来るかもしれません。が、今その時でないならば、耳で聞こえていても、本当の意味で受け取れないということもあります。仕方ないので、「ありがとう」と感謝して、手放すしか方法がありません。(ただ、愛情を感じるコトバならば、その愛情と一緒に、忘れたつもりでも、コトバが体のどこかに残っていることでしょう。)

 

それを考えると、人生の先輩たちは、伝える相手の成長をうながす言葉にしたいのなら、相手の成長に合わせて、言うタイミングが大事ですね。だから、先輩や親に言われるよりも、同じように成長している、友達や同僚に言われる一言の方が、目線が同じで心にしっくり来ることが多いんでしょうね。

 

・・・コトバ。

 

自分を大事にして、自分に必要な栄養を選んで、コトバもよく噛みしめて、いただきましょう。

 

 

____________

とか言ってるけど、あっさりと私も傷つきますよ。これでも、意外と傷つきやすい。なんとなく思いついて、大して考えもせず、話の流れで、ちょろっと嫌み半分で言われるようなことが、不意をついて、心に刺さったりして。ま、それであーでもないこーでもないと考えるのも、悪くないんですけどね。。まぁ、まだまだですが、「今」を、いっしょにがんばりましょ!

 

 

 

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04

8月

2011

「自分は、どこまでが自分か?」

お久しぶりです。

ただならぬ雨の量に、心も体も不安定で、夏風邪なのか偏頭痛がしばらく私の頭で間借りをしています。今は、ちょっと遊びに行ったようで、このまま戻ってこなければいいのですが。

 

さて、久しぶりですのに、意味深なタイトルで失礼。

 

でも、これよくある話で、なんら珍しいことではない切り口ですが、どうも知ろうとしない方には新鮮らしいお話ですので、ひとつ。あ、原発なんかの捉え方も新鮮になるかも。

 

・・・今、私の街では、街路樹の百日紅(さるすべり)の花がとても美しく咲いています。

ツルツルの幹に、線香花火のような、誕生日のクラッカーをパーン!と弾いたような姿。木によって花の桃の色がまちまちで、その並木のグラデーションもうつくしく、花びらの形まで、フリルがはいって愛らしく、車で走る度に、ウキウキします。

 

この百日紅の木。

どこまでが、この百日紅の木なのでしょうか?

 

この木の根っこの脇は、アスファルトの道路ですが、ちょっとはずれれば、緑豊かな山々があり、水のきれいな川もあり、雨ともなれば、山から下りてくる栄養たっぷりの水を飲み込むことでしょう。根っこは、道路をすり抜けて、どこまでその手を伸ばしているのでしょうか?

 

土の中では、様々な小さな生き物たちと語らいあい、星も美しいこの街の空気をたっぷりと吸っていることでしょう。太陽もきらきらと・・夜は夜で、月の光を仰いで。。

 

 

さてさて、この私という人間。

どこまでが、この私なのでしょうか?

 

この山奥の家に引越してきて、最初蛇口の水を飲み込むのに抵抗がありました。

蛇口の水といえども、うちの奥の山々から出てきた水を簡易浄水されたもの。そんな訳で出もとから蛇口までの距離が短くてフレッシュ♪

何しろ、都心の水にははいってないような、ミネラルなのか?ともかく無機質とは真反対の飲み物で、一ヶ月ほどたって、やっと慣れました。考えてみれば、人の体が28日で入れ替わるということは、この水で私もやっとこの山の住人になれたということかもしれません。

人の体の70%が水な訳ですから、ある意味、以前の私とは別人となった訳です。

 

食べ物は、日常の野菜は、農協で買うことが多いのですが、同じ沢の集落のお父さんたちも卸している野菜も売ってます。春ともなれば、タケノコをもらい、あれをもらいこれをもらい。そこらでなっているものも食べるこの暮らし。その食べ物があって私の体は、動いています。

 

そして、空気。目の前の、ほら!あなたの目の前のその空気、あ!今吸っちゃった、その空気のことです。今、吸い込んだので、あなたになりました。

 

放射能の汚染されたということで、牛肉の話題が耐えません。

私が食べた、例えばカレーに入っていた牛肉。一ヶ月前まで、どこかの土地で牛さんだった訳で。過程が見えないから、考えないでいられますが、あの牛は、私となったということです。

牛さんが、私に変身。私が牛さんに変身してなければ、いいけど。。

 

髪の毛が、一日平均50本抜け替わるそうですが、髪の毛をゴミ箱にすてるとき、なんとなく残念な気分になります。「さっきまで、私だったのに・・・。」とね。

 

爪。爪も縁側でパチンパチンと切っていたら、蟻がみんなでやってきて、私の爪を運んでいってくれるのを見てからは、出来るだけ爪は縁側で切ることにしました。

 

もったいない的には・・・鉢で育てた木の枯葉が、鉢の外に落ちているとき、私は拾って、鉢の中の土の上におきます。これで安心。葉っぱ一枚分、木の栄養が欠けてしまう気がしてね。鉢の木には手がないから、拾えないし。

 

トイレでの出来事も同じ。堆肥が肥料になったなんて話を聞くと、ほっとします。

 

・・・なんのお話でしたっけ?

 

(話がブレブレですが、いいんです。今日に限っては、ブログを更新することに意義があるので)

 

私という生き物も、百日紅という木も、何かと縁を切るなんてことは出来ない訳です。

体の皮膚の中がわたし。皮膚の外は、わたし以外。そんな風に考えるのは、割り切って捕らえようとしているだけだと思います。安心するために。

 

私という生き物は、繋がり繋がっている。

実に曖昧で、いや、曖昧などではなく、「一つに繋がっているのだ」と考えた方が、さらに「実は一つなのだ」と考えた方が、よっぽど私には分かりやすい。

 

ちょっと大胆か?でも、ありなのだ。

 

 

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27

6月

2011

「(続)わくわくするために生きる・・・っていうか」

この前の「わくわくするために生きる・・・っていうか」を書き終わって思いつきました。

 

今、なんとかやれている仕事なら、

好き!・・でなくても、やりがいや、意義や、価値が自分の中にあるのかではないか?と。

 

生きるのが楽になる方法の一つとしても、

どんな事の中にも、好き!を見つけるのが上手に越したことありません。

 

・・苦汁のみながら、仕事されている皆様。すみません。。。

そんなに甘いものじゃないというお声が聞こえそう。。

 

でも、好き!だからって、楽だって事じゃぁないんですよ。

血も涙も、時にありかもです。

 

それでも、好き!ってぇ、話です。

 

誰にでも、選べますよ。

 

 

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27

6月

2011

「わくわくするために生きる・・・っていうか」

見事今週末のイベントの準備、そして、月末感、、次のイベントの仕込み、

そして震災地でのスタッフの気持ちにもゆらゆらと揺られたりして、

心があっちこっちにピョンピョンしながら仕事しています。

 

そんな訳で、一呼吸。

 

今のこの国では、多少なりとも、仕事でお金をかせがないと生きていけませんね。

そのお金は、その人がそこで仕事をしてくれていることに、

感謝する気持ちの表現の一つでもあると思います。

支払う側としては、その気持ちと金額がバランス良くあるようにと願いつつも、

なかなか思い通りには、いかないことの方がおおい。

 

受け取る側としては、

仕事に見合ったものを頂戴したい!という事でしょう。

 

 

ところで、仕事は楽しいにこしたことはありません。

人生の大半を使うのですから、そう思う方も多いでしょうし、

はなっから、そんな理想を諦めている方も多いと思います。

 

でも・・はっきり言って、好きなことじゃないと、やってられません。

そう思う・・っていうか、好きだというベクトルなくして、

仕事をするのは、本当に大変だと思う。

好きでないのに、やっている方は、逆にすごいっ!!

 

ただ、そういう仕事を選んだことについては、

ある意味、大きい括りでは、本人の責任ですから、

それについては、自己責任。。

 

__

 

好きなことをやって、わくわくして生きたい。

そう思ったときに、

どんな事が仕事になったら、具体的にうれしいのか?を、

考えてみるといいと思います。

 

それが、意外にぼんやりです。

少なくとも、私はそうでした。

 

こんな場所で、こんな仕事を。

こんな机で・・位まで一度完璧なる自分の好きなことを仕事にするための

理想について、想像しようとしたら、

あっちこっちに空白が出来てしまいました。

 

今の現実と比較して、

もっとこうがいい、もっとこうして欲しい・・というのは、

みなさん言うのは簡単ですから、たやすいことだと思います。

 

でも、それとは切り離して、

自分のわくわくを仕事にした、パーフェクトなイメージが出来るでしょうか?

いいんです。無茶でも。無茶苦茶でも。

ともかく、完璧な俺の人生みたいな図。そして、その時の、とってもハッピーな気分。

 

想像しても、何か減ったりなんかしませんから。

どうぞ一度やってみてください。

 

完璧に想像できると、ぐっと今に近づく感じがしましたよ。

 

ぼんやり、愚痴を言うくらいなら、

俺の想像の完璧を仕上げてみてください。

思っているより、私はずーーーーっと難しかったです。

 

思っているより、私はずーーーーっと自分が見えた気がしました。

 

 

 

 

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22

6月

2011

「ジブリ・オフィスご担当者様」(2月25日送信)

先日、朝の通勤のため、中央線に揺られていたら、ジブリ・オフィスを発見した!

うれしくて、うれしくて。

何故、発見できたかというと、

これ<http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110617-00000301-alterna-soci >が

あったから。

 

宮崎さんご自身で、こんな<http://t.co/30euIkf>発言もあった。

 

・・実は、今年の2月25日。

祝島の原発の工事が無理に始められようと騒然としていたあの時、

いてもたってもおられずに、わたしは、ジブリ・オフィスにメールを送った。

 

振り返ってみたら、3.11の二週間ほど前で、なんとも言えない気持ちになる。

__

 

ジブリ・オフィスご担当者様
宮崎駿様

こんにちは。
突然のメール失礼します。
東京のあきる野市の山奥に住んでいます、
田川登美子と申します。

・・
【ハート型の島・祝島のおばちゃんたちのこと】

瀬戸内にハート型をした小さな島があります。
名前も素敵で「祝島」といいます。

すでにご存じだったら、すみません。
もしご存じないようだったら、是非、そこに住んでいる
おばちゃんたちの今のことを聞いていただきたくてメールしました。

「祝島」は、とてもきれいな島で、
当然美味しい海藻がとれます。
イルカみたいな、スナメリという動物もいます。
祝島のご案内
http://www.iwaishima.jp/
手作りmap:どきどきわくわく祝島
http://www.iwaishima.jp/home/info/wakuwaku.jpg

この町の対岸に、上関原発が今まさに建てられようとしています。
おばちゃんたちは、このきれいな島を残したくて、
1982年の建設発表からずっと
この問題に対して、その気持ちを伝え続けています。
ですが、つい先日強行着工が始まりました。


一番不安で恐いのが、
別にこの話だけではありませんが、
テレビで取り上げてくれないことです。
大きなスポンサーですから、
仕方のないことかもしれませんが、
NHKも取り上げてくれません。

こんなに大変なことなのに、
なんで知ってもらえないのだろう?と、
この状況が恐いです。
こういう事が、戦争にだって、独裁にだって、
繋がっているんだと思います。

私は連れ合いとスタッフたちとで、小さなイベントオフィスをやっています。
この事もwebでお知らせをしています。
でも、私たちががんばっていっても、
広がる輪の大きさが、残念ながら、たかだかしれています。
もしくは、時間がかかる。

ジブリさんがもしこの事を知ってもらえるよう、
何かしらのメッセージを発信いただけたら、
たくさんのお母さんたちも、子どもたちも、
目を向けてくれるのではないか?と思い立ち、
不躾承知で、メールを差し上げました。

人という生き物が続く以上、
今は見過ごしておけても、
エネルギー問題は、将来みんなで考えなければならなくなるでしょう。

原発は、動きだしたら、
簡単にとめられるものではありません。
そして、莫大なお金がかかります。
みんなで、何が一番いいのか、どんなメリットと
デメリットがあるのか?を知る必要があります。

おばちゃんたちは、原発反対!です。
下記の動画の中で、地元のおばちゃんたちは、長丁場に関わらず、
元気に声をあげています。
__

twitterをやっている人で、興味のある人たちは、
だんだんと繋がってきています。

先日の、ユーストリームの録画が残っています。
昨夜から、今日の午前中にかけての様子、リアルなやり取りが試聴可能です。
22日13時現在、最新の録画画像です。
田ノ浦の砂浜に設置されたソーラーパネルの横を
大量の制服のガードマンが通り過ぎる様子などが印象的です。
http://www.ustream.tv/recorded/12857837
22日朝の様子で、ここで
ソーラーパネルやバッテリーを使った中継の様子がわかります。
http://www.ustream.tv/recorded/12857587

__

うちのHPのこの情報です。

・2/21
【まさに今、たった今、進行中!】中国電力が工事強行
:映画「ミツバチー」の舞台である祝島対岸の上関原発予定地現地より
http://www.earth-garden.jp/magazine/6431/

・2/22
1700人以上が視聴!
ソーラーパワーを電源に、工事強行の現場の真ん中から【ナマ中継、続行中】
@祝島対岸、上関原発現地よりユーストリーム
http://www.earth-garden.jp/magazine/6450/

・2/23
瀬戸内海の美しい海の一角で、一昨日から起こっている、
数千人以上が注目していること:山口県 上関 田ノ浦そして祝島へ
http://www.earth-garden.jp/magazine/6512/


以上、
わたしたち大人が、少なくとも数世代先までをイメージして
大きなことがらは、決めていかなければいけません。
まずは、色んな人に知っていただきたい〜〜そう思うばかりです。

長文、お読みいただきありがとうございました。
何かしら、このメールの内容が、お心にとまって、
有形無形に関わらず、ジブリさんの表現の一粒となるよう
心から祈っております。

田川登美子

 

__

 

そして、3.11が起きた。

それで、冒頭のジブリ・オフィスのビルにかかったフラッグを見たのだ。

私のような声が、たくさんの人たちから寄せられたと思う。

そんな一つの表現としてのフラッグを見て、本当にうれしかったのだ。

光を見るとは、こういう事だ!

 

 

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17

6月

2011

「お誕生日、ありがとう〜!!」

17日は私の誕生日でした。

 

twitterとfacebookの威力はすごいですね。

本当に、本当に、たくさんの方に、「お誕生日おめでとう!」を言ってもらった。

 

みんなに「生きててくれて、ありがとう!」と言ってもらえている気持ちになった。

 

元気をもらった!

 

***お誕生日、ありがとう***

 

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16

6月

2011

「過去は変わる 〜あなたの中の特選10人〜」

あなたの中で、過去を振り返って・・、

 

==あなたの人生に影響を与えた10人==は、誰でしょうか?

 

<好きな人>でなく、<あなたに影響を与えた>10人。

嫌いな(だった)人も入ります。

 

考えてみてください。多すぎるようなら5人でもいい。

そして、思いついたら、その人たちの事を思い出してみましょう。

 

どうですか?

暖かい気持ちになる人ばかりでしょうか?

それとも、苦しい、悲しい気持ちになる人もいるでしょうか?

 

〜〜

 

私は、明日お陰さまで、42回目の誕生日を迎えます。

人生の折返しをすでに感じて2年目。

この体と心で、この先も生きていけることに、心から皆さんに感謝しています。

 

・・さて、私の10人は誰でしょう?

 

どの人の記憶も、ほぼ暖かいものばかりですね。本当に、ありがたい事です。

(現在進行形のお付き合いの人もいますが・・)

 

でも、実際には、楽しい経験ばかりだった訳ではありません。

その時々には、たくさん泣いている私もいました。

 

■実は、

その10人と共に、その時対面していた、過去の自分も10人分いるということです。

幼い時の私、思春期の私、母親になってからの私がいます。

その当時の自分を通して、今の自分が、当時の相手との関係を感じている訳です。

例えば、幼い頃にかわいがってもらった祖母のこと。中学の担任の先生と言った風に、

相手を思い描く時には、当時の自分を通して、今の自分が感じる訳です。

 

〜〜

 

■「過去は、変わります。」

最近見たDVDで、そんなセリフがありましたが、

確かに、過去は変わります。

 

若い頃付き合っていた彼と私のあった事実は、変わらない。

例えば、初めて手をつないだこと。とか、別れた日に話したこととか、悲しかった気持ちとか。

そういう事は変わらない。例えば、そういう悲しいだけの記憶。

 

でも、必要な時間が過ぎ、その後の自分なりの経験をした後に、今あるのは、

彼が私にくれた信頼感。

「私は愛されるべき存在なんだ」という、彼の揺るがない愛情から無言で

受け取った、形のない、でも宝のような、自分が自分を受容するための自分への肯定感。

 

悲しい記憶は、もう今となっては、こうして頂いたものへの「感謝」へと変わっている。

当時では、想像も出来なかったような、気持ちへと転じているのだ。

 

〜〜

 

悲しい、辛い、苦しい気持ちになる相手を、10人の中に選んだ人。

 

絶対に必要なのは、時間。そう、時間がどうしても必要だ。

 

ただ、それだけでは、過去は変わらない。

それが、経験。

 

あなたが、その当時の自分にそっぽを向いて生きていると、

どんなに時間がたっても、過去は変わらない。

 

当時の相手ではなく、

当時の自分を受け入れた上で、日々の経験を重ねていけば、

いつぞやきっと、その事への、苦しいだけじゃない、新しい価値観が生まれるだろう。

 

いつまでも、辛い相手を心の中に住まわせている人は、

当時の自分を受け入れてあげてみては、どうだろうか?

 

〜〜

今ある、私の中の感謝の気持ち。

これが、憎悪へと変わることは、多分ないと思うが、

もしかしたら、また別の経験の中で、過去の10人に対して、

別の気持ちを抱くこともあるかもしれない。

 

そして、あなたに影響を与えた10人は、

実は過去10の経験をした、あなた自身のことでもあるのだ。

 

私たちが生きている限り、

過去さえも、変化し続ける。

 

人生とは、本当に不思議なものである。

 

明日「なんだ?この人!」というような、ちょっと腹の立つ人と出会うかもしれない。

でもね、その人が、あなたの10人の1人になるかもしれない。

 

わくわくする。

それが、人生・・・人生は爆発だっ!!!

 

 

 

 

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14

6月

2011

「満月とホルモン・・デザートはチョコか豆乳か?」

今夜は皆既月食だそうですね。

満月。

 

今日は、女子トークしたいと思います。

私の努力のない、自慢にもならない自慢をひとつ。

 

私、満月の時に、生理がくるんです。

すごい事ですね。月の動きに、海も影響されれば、私の体も影響を受ける。

体というのは、本当にシンプルに、自然そのものなんだと思える今夜。

 

ホルモン様について、考えたいと思います。

焼き肉じゃぁ、ないですよ。

女性ホルモンとか男性ホルモンとかいう方のことです。

 

先日、ふいに入ったパン屋で<チョココルネ>を探していました。

「なんでだろう?」と思ったのですが、

気付けば、今朝もチョコレートを買って食べていました。

 

私は、普段、女性専用の体温計で、朝一で体温を測ったりしていないし、

ほぼ満月合わせなので、それに甘んじて、いつ次生理が来るのかを、

日程的に把握しようと努力していません。

でも、チョコレートを買う日々が数日続くと、結局生理が来る。

 

生理の始まる前、そして始まった数日は、ともかく、私はチョコレートが食べたくなる。

よく聞く話だけど、本当に不思議です。

その昔、カカオ豆は貴重品だったらしいですから、薬効もあるのだと思いたい。

その薬効が<チョココルネ>にどの位入っているかは、甚だ不明ではありますが、

ともかく無意識的に摂取したくなる。

 

長男を妊娠した時はまった食べ物は、「アメリカンチェリー」。

農薬とせめぎ合いながらも、どうしても、毎日食べたかったのは、今でも不思議。

ビタミンたっぷり・・という設定に私の中ではなっている。

 

次男の時にブレイクしたのは、「納豆+オクラ+イワシの味噌漬けの缶詰」を混ぜて、

ご飯にのせて食べることだった。

これなどは、改めて考えると、実は大変栄養価も高いと思う。

 

これらの、無性に食べたくなる、この欲求は、体の声だと思いたい。

ホルモン様のなせる技だと思いたいのである。

 

ホルモン様、うって変われば、色々仕事をする。

先日イベント出店の搬入の時に、顔から吹き出すような汗をかきながら

作業をされている、私と同世代の男性がいた。

・・もしや?!!と思って、聞いてみたら、ビンゴ。

男性だが、更年期障害の症状だと、おっしゃっていた。

・・他人ごとでは、ありません〜〜!

と立ち話をしたが、これも大変なことだ。

 

私は、生理前、5日くらい、ひどい時だと10日前位から、体がだるくなる。

(でも、ヨガをやっていると、調子がいいの〜〜♪)

近づいてくると、口の周りの薄皮が、ふわ〜〜っとめくれてきて、

赤くなってしまう症状が、ここ1年以上つづいている。

 

先日、なんでだろう?とネットで情報を探していたら、

私と同じような症状の方がいた。

そこに、「豆乳を朝晩飲むようになったら、良くなりました♪」とあった。

 

ほっほ〜〜。

私、実は、ふいと豆乳ものむんですよ。

都心に暮らしていた1年前までは、オフィス近くのコンビニで

よく買ってのんでいたのですが、

最近渋谷に出る回数がへって、それがなかった。

そうか!と思って、豆乳をのんだら、確かに肌の調子がいい。

これが、大豆イソフラボンさんの効果かっ!!

ボンジュール♪イソフラボン♪

 

ホルモンというのは、

女性の胸を大きくしてくれたり、体のラインを丸く女性らしてくれる。

赤ちゃんが出来るのも、ホルモン様の活躍のたまものである。

女性が好きな男性に出会った翌日などは、もうてきめんに肌に出る。

(この話は、また今度。私は見逃さなくてよ〜♪)

 

ホルモン様は、ワガママな私の体の女王様。

女王様のワガママな行動に、ついて行けない!とお思いの

生理の重い、女性も多いと思う。

 

でも、ちょっと待ってください。

ワガママで自分勝手に体を酷使して、

いい仕事をしたいはずのホルモン様を、

悪い使い方をしているのは、私たち自身かもしれない。

 

ワガママな女王様などではなく、

ニッコリ微笑む、本当は優しいホルモンさん。

 

ごめんね。

私が、私の体を大事に出来てもいないのに、

ホルモンさんのせいにしては、いけないね。

 

ごめんね。

これからも、仲良くしてね。

ただ・・がんばるから、お手柔らかにお願いします・・・!!

 

 

 

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13

6月

2011

「嫌いなピーマンをチャーハンから、はじき出す」

私の知り合いは、

チャーハンに入っている、みじん切りの小さ〜〜〜いピーマンを全て、器用に取り除くらしい。

その位に、ピーマンが大嫌いだそうだ。

 

本当は、ピーマンの香りのついたものを食べたくない位に、ピーマンが嫌いらしいのだが、

注文の時に、確認し忘れて、出てきた料理に入っていた時など、

仕方ない時にはそうするらしい。

(確かにチャーハンにピーマンって入ってましたっけ?)

彼にとっての、ピーマンは「大嫌いで、どんなに小さくても絶対食べたくないもの」なのだ。

 

__

 

会社や、学校など、様々な集団で活動していると、

どうしても苦手な人というのが、時に出てくる。

また、どうしても、好きになれない、仕事や勉強などもあるだろう。

 

そういった事が、どの程度の事なのかを、考えたことがあるだろうか?

彼のピーマンのように、

あなたは嫌いなモノや人をどのような気持ちで取り扱っているかを、

考えた事があるだろうか?

 

例えば、会社で苦手な人がいるとして、その事で頭がパンパンになるような時には、

その事を自分の中で、どう取り扱っているのかを、考えてみるのも手だと思う。

 

チャーハンなら、がんばってピーマンを箸の先で、全部はじき出せば解決するが、

人間関係はそうはいかないからだ。

 

・例えば、ママたちからよく聞く話で、

幼稚園のママたちは、ママたち同士のちょっとした諍いや、陰口などが比較的多い。

それに比べて、保育園のママたちは、そういった事が少ない。

 

それは、幼稚園のママたちは、専業主婦や、パートタイム程度の仕事の人が多いのに対して、、

保育園のママたちは、仕事という世界をもっているし、時間に余裕もないから、

忙しくって、実際問題、陰口に時間を使えない。

 

仕事でなくとも、専業主婦でも趣味や、ボランティアで忙しいとかで、

自分の世界が広い人にとっては、結果、一つの問題が、自分の中で小さく取り扱われるのだ。

 

・また、仕事の単調な作業に疲れ果ててしまったときに、

会社全体の方向性や夢という大きな目標から、自分の作業を見つめると、

少し気持ちも癒やされるだろう。

 

・私の回りには、個性的な人が多いのだが、

強い個性の人と付き合うときには、

自分の考えを嫌みでなく、でも、きちんと伝えられること。

性格は、強みと弱点がいつも背中合わせの表裏一体であるから

(例えば、 リーダーシップがある or 自己主張が強すぎてワガママ)、

出来るだけ、良い方から見つめるようにする。

 

・・例えばそんな風に考えてみる時もある。

 

小指の爪が剥がれた痛みと、骨が折れた痛みとでは、

次元が違うのだけれど、「痛い」のは一緒。必死なのも一緒。

ただ、小指の爪が剥がれたことは、生死には関係しないという事実に

気付いているかどうかが大事なことだ。

それが、人間関係にも、同じことが言える。

 

時に、痛みの真っ直中で、

自分の気持ちと状況を冷静に見つめる事が必要な時もあるという事。

 

 

自分自身は、結果はともかく、変わるよう努力できるが、

他人は変えられないし、

変えようなんて考えは、傲慢なのだろうと思う。

相手に対して自分で出来るのは、ただ「自分はこう考える。」と、伝えることだけ。

それを言われたことで、相手が感じたり、気付いたりして態度が変わるのは、

それは相手の意志で、変わっただけのことである。

それを、忘れちゃいけない。

 

だから、苦手な人と、きちんと向き合ってもダメなら、

引いて見たり、寄ってみたり、ひっくり返してみたり、あれこれ工夫して、

時に心の距離を取ってでさえ、

どうしても、どうしても、その事で頭がパンパンになるようなら、

くるりと背中をむけて、「お元気で♪(嫌みでなくよ)」と、

自分の道を歩き出すしかないのだ。

 

他人との付き合いというのは、

そういう可能性まであり得るのだから、

背中をくるりと向けるかもしれないその時まで、

明るい気持ちで付き合いたい。

__

 

さて、彼のために、ピーマンをさらにもっと細かくするのか?

味を隠してしまうのか?

それとも、ピーマンなんかなくたっていいのか(苦笑)。

 

全ては、自分次第。が、がんばろう(笑)!!!

 

 

 

 

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11

6月

2011

「人の好みは、しょせん、人の好み」

うちの駅前の大通り沿いに、赤提灯のぶらさがったラーメン屋がある。

車を運転しながら眺める分には、

ボロいが雰囲気があって一度行ってみようかな〜という感じの店。

 

昨年夏、我が家に居候していた男性が、夜なにやら興奮して帰ってきた。

「登美子さん、あの駅の近くの、赤提灯のラーメン屋行ったことありますか?」

・・ううん。どうしたの?

「ひっどいまずいラーメンで、あんなまずいラーメン食べたことないですよ。

しかも、ゴキブリ3匹ウロウロして、たまに飛ぶんで、おちおち味わってる余裕も

ありませんでした。ありゃぁ、ひどい。」

 

食いしん坊の連れ合いのN氏も、まずい・・と言っていたし、

私は、彼のその報告を聞いて、絶対あの店には行くまい!!!と決めた。

というか、行きたくないと思った。

 

ところが昨日チラシをもっていったヨガ教室の素敵な女性の先生2人が、

新たなチラシの置き場として薦めてくださったのが、その例のラーメン屋。

 

それが、もう大絶賛!!!

店の汚さもすごいけど、ともかくおいしい。2日続けて行くこともあるそうで、

ともかく、親父さんの作る料理は、基本おいしいらしい。

 

私にとっては、どちらを信じていいのやら、困惑も極限である。

ただ、素敵な女性の先生方は、ヨガ教室でカフェもやってらっしゃる。

う〜〜〜〜〜ん。。行くべきか、行かざるべきか。

きっといつか好奇心に負けてチャレンジしちゃうけど、

とりあえずは、夏のゴキ時期は、さけよう。うん、そうしよう。

 

それで、改めてはっきり感じた事は、、

所詮人の好みなんて、やっぱり人の好みでしかないという事だ。

 

うちの次男は、ソーメンが世の中で一番好きだそうだが

長男は、ソーメンの存在意義が分からないらしい。

 

今の居候のNTさんは、メロンは食べ応えのある、堅めのが好きだし、

長男は大道の甘みたっぷりの完熟が好き。

 

(しつこい)世の中のハムスターは、苺が好物らしいが、

うちのリリーは、あの甘酸っぱい香りで、体が固まってしまうくらいに嫌い。

 

 

勘のいい方は私が何を言いたいかお気づきだろうが、

食べ物の好みだけでなく、人生全般にまつわるモノ全て、

人の好みなんて、しょせん人の好みでしかないのだ。

 

実は私、数年前まで、家族や気心の知れた人の前以外では、

「おいしい〜〜!!」と言わなかった。というか、言えなかった。

何故かと言えば、自分のおいしい基準を相手に押しつける気がして、気が引けたからだ。

それに、自分がおいしいモノが、他人が内心でマズイと思われているのなら、なおイヤだし。

 

現実的には、もちろん私も皆さんも、自分の好みが他人の好みと違うことを理解している。

 

そうなのだ。違うのだ。

似ている人はいるだろうし、「食」にまつわるプロの方なら、

おいしさというモノについて、「圧倒的なおいしさ」の基準をお持ちかもしれない。

 

でも、「圧倒的なおいしさ」や「圧倒的な美」や「圧倒的な善」とかあるとしても、

自分がどう感じるかは、本人次第で、自分自身でさえも、選択できない部分でもある。

 

それが、感じる・・という事だ。

 

結局、私は、みんなが違うと改めて意識的に分かった数年前からは、

おいしいと感じるものを食べている時には、

自然と「おいしい〜〜っ!」というようになった。

他人に押しつける訳でなく、感嘆句として。

 

うちの次男は、私のご飯を食べながら、1人うなりながら言う。

「うめぇ〜〜〜!!」

 

そうだ。それでいいのだ。

 

 

 

 

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10

6月

2011

「屋号を決めよう!」

今日「あじさいウォーク」のチラシを配布してもらうために、

地元の自然派(?)の幼稚園のママたちに会いに行った。

 

以前、おいしいパンをいただいた事のあるママも合わせ3人のママたち、

どの方も笑顔が素敵だった。

 

「パンをイベントで売っていいですか?」と言われたので、話を聞いてみると、

干しぶどうの酵母で何年も作っていて、しかも調理場は家屋とは別の場所に建てていて、

食品衛生の免許もとって、保健所に色々質問しにいくところまで、もう済ませているらしい。

 

でも、キッチンに保健所の許可を取るための、もう一歩が出ないらしい。

 

なんで?と聞いてみると、家庭用のパン焼き機は今すごく人気で焼きたてで食べられるし、

有名な自然食品店の大御所のパン屋さんと同じパン屋になるなんて、恐れ多いらしい。

 

なので、「わかなぱん」http://www.wakanapan.com/ の話をしてみた。

「わかなぱん」のわかなちゃんとは、もうイベントを始めたころからの付き合いで、

最初はパンを焼くのが上手な普通の人だった。

でも、やはり自宅の脇にパン小屋を建てて、パンを通販から初めて成長していくのを、

私は遠くからずっと見てた。

 

不安について聞いてみた。

 

・3人の子どものママなので、子ども達がいるから忙しくって無理とか?

「もう結構落ち着いて来てるんです。」

・すごく稼ぎたいとか?

「いえいえ」

・実はそんなにやる気がないとか?

「いえ、やりたいんです」

・パン屋です!って、名乗る覚悟はある?

「私なんかで、いいんですかね?」(今日も頂いたが、彼女のパンはおいしい)

・いいのよ。みんな最初は素人なんだから!!

 

・・という訳で、私の大好きな提案をした。

『パン屋の屋号を考えよう!!パン屋の名前決めてみようよ!!』

 

不安はただぼんやりしたものだったし、売り方もいくつも提案できた。

だったら、後は、具体的にイメージ出来るかどうかが勝負だもの。

 

そう提案されてからの、彼女の瞳は、もうキラキラ〜♪

 

「次に会った時には、きっとお店の名前を教えてね〜〜。」といって

みなさんとバイバイした。

 

彼女が家に帰って、もしかしたら、「やっぱり無理だわ〜〜」とまた同じ不安感に

襲われるかもしれない。それでもいいのだ。

だいたい他人に言わて、その気になった事なんて、一過性で過ぎていくことがほとんどだから。

 

ただ・・・あの瞳がキラキラした瞬間の積み重ねで、一歩一歩、夢に近づいていくんです。

だから、また今日もひとつ、キラキラポイントが貯まったってこと。

 

あぁ、彼女のパン、早くお金を出して、買いたいな〜〜♪

きっと、ニコニコ笑って、くれるだろうな〜〜♪

 

 

 

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10

6月

2011

「あじさいウォーク」

私、JRの終点、武蔵五日市駅というところに住んでいます。

立川・・その先の青梅の方角とでも申しましょうか、拝島という駅から乗り換えて、

単線の武蔵五日市線に乗り換えると、急に山の景色になります。

新宿から乗り継ぎ美しくいって、1時間10分位。

 

・・引越して一年が過ぎました。

空気がおいしく、春の景色は桃源郷のようです。

そして、この時期、紫陽花(あじさい)が美しい沢ぞいの集落で、

ウォーキング客もそれなりにいます。

そんな沢の集落のキャンプ場でイベントをやります。

http://www.earth-garden.jp/community/12457/

「ローカルフェス」というらしい。ハイカラですな。

 

ローカルなくせに、集落の老齢のみなさまがたくさんで、家なぞ36家族しかないのに、

なぜか素敵な歌い手さんがたくさんお越しいただけることになって、

恐縮至極でございます。

 

ま〜〜〜のんびりといえば、他に言いようがない位にのんびりだと思います。

好奇心が強く、優しい出店者さんたちも駆けつけてくれて、

我が仲間キミドリの出店もあります。

 

雨とたわむれながら、開催します。

オシャレすぎる、野外フェスにお疲れの方も(笑)、

どうぞお越しください〜〜♪

 

P.S.

そうそう、ブログでしか私を知らない方で、私がどんな人か見てみたい人いたら、

現場で「登美子さんは?」と出店者さんや、そのへんにいる人に聞いてください。

バタバタ&ニコニコしながらですが、「こんにちは!」しましょう〜!!

 

 

 

 

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09

6月

2011

無駄禁止の心得

私は、家計簿がつけられない。

 

主婦になりたてのころは、「そうは言っても節約のためにも・・・。」と思い、

何度かチャレンジしたが、

2,3日でお蔵入りした家計簿が数冊、

押し入れから発掘される頃になって、仕方ないので自分を許してやることにした。

 

最近、またレシートを張るタイプの家計簿がでてきて、これがとても優秀!

(こんなに忙しくなければ、これは続いたと思う)

でも、仕事が忙しくなってきたら続けられず、3ヶ月で結局リタイアをした。

 

そんな訳で、出来ることは何か?と言えば、無駄遣いしないことである。

 

無駄な買い物をしなければ、部屋もちらからない。

無駄な食べ物もかわなければ、ダイエットにもなろう。

 

だから、買い物・・まずは一番危険な「服」の買い物の注意点をひとつ。

 

「あ〜これいいかも〜!」と思って、おもむろに服を掴み、鏡の前で合わせ、

「あ〜これここがいい!あ〜サイズもいいし。あ〜値段も手頃だし。」などと言って、

1人で無言のまま、意味不明に少しづつ自分を盛り上げていくような、

気付けばなんとなしに呼吸も浅くて、変な脂汗さえかいている。

そんな時は、ダメですよ。買っちゃ。

経験上、そうやって買った服は、付き合いが長く続かない。

 

恋愛もそうですが、頭で考えて、付き合い始めちゃ面倒になる。

「なんかいいな〜」と、すっと手が伸びるのがいい。

 

運命的な出会いの時は、心静かに、そっとレジに運びますもん。

みなさんも、覚えがあるのでは?

 

・・次に私が危険なのは、「プレゼント」。

私、人にモノを贈るのが割合好きなんです。

 

雑貨に限らず、差し入れみたいな事とか色々だけど。

いいタイミングで相手の喜ぶ顔が見えそうなモノ見付けると、

ついプレゼントしたくなっちゃう。

 

でもね、最近分かったんです。

何事もやり過ぎはいけません。だから、がんばってこらえてます。

 

人へのアドバイスも同じ。

アドバイスというのは、質問を受けてから、何か言えることがあれば、答えるものです。

聞かれてもいないのに、あれこれ説教するのは、

結局相手の心にも届きません。

同じ、同じ。なんで、おせっかいも、ほどほどが大事なんです。

 

 

・・最後に食べ物。

これ、スーパーのカゴ持っちゃうと、ついついね。

キラキラ光る旬の果物見ると、欲しくなっちゃう。

ぴちぴちの切り身のお刺身見たら、食べたくなるし〜。おいしいビールも呑みたくなるし〜。

 

たまに、仕事の合間に、ランチに行きます。

食べるものが、全部机の上に広げられて、ゆっくりお食事いただくの、

本当に素敵だな〜〜と思います。

 

でも、普段だと、台所仕事の前後にも、やること盛りだくさんで、

何を食べたのやら、分かっているのかいないのか・・というような事も多いのが現実。

これじゃ〜痩せられないわよね〜。。

 

仕事しているので、有る程度の買いだめは、やっぱり必要。

だけど、果物だとか、シュークリームだとかは、自分でカゴに入れるときに、

自分の行動に目を光らせています。

 

食べ物で、人の体は作られている訳ですから、

丁寧に暮らしを見つめるのと同じように、口に入れるものも本当は同じように扱いたい。

そんな本も最近多くて、目に染みます。いたた。。

 

私の口は、ゴミ箱ではありません〜。

本当は、食べたくないけど、もったいないから〜〜と言って、

食べ過ぎは、いけませんよ〜〜。

 

南〜〜無〜〜。ちーん!

 

 

 

 

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08

6月

2011

「メロンパンナちゃんは、いらないんですか?」

今日、帰りの電車で、いつものスーパーのレジのお姉さんが、私の目の前に座った。

 

ニッコリ挨拶しようと思ったが、微妙な空き具合で、とても声が響きそうだったので、

私の事がすぐ分からなかったら、お互いちょっと気まずいかな・・と思って、

声をかけそびれてしまった。

 

お姉さんと言っても、女子高生で、沖縄の子みたいに、目鼻立ちがくっきりしていて、

いかにもスポーツが得意そうな子だ。

 

帰りにスーパーに寄ったら、丁度私のレジがそのお姉さんだった。

ちょっと勇気を出して、

「さっき、電車で私の前に座ってましたよね?」と言うと

「そうですよね。

私、髪今みたいに結んでないし、制服だから、気がついてないかも・・と思って、

声をかけられませんでした。」と言って、お互い「うふふ・・♪」と笑った。

 

レジでお釣りを受け取って、お姉さんの前を過ぎようとしたら、

「今日は、メロンパンナちゃんはいらないんですか?」と言われた。

 

私と子どもとのレジ前は、ほぼ漫談的なことも多く、

ちょうど昨日は、次男が私用にともってきた、

アンパンマンシリーズのぺろぺろチョコが、

私のがバイキンマンであるのに、私が抗議をしたのだ。

 

「バイキンマンなんていやよ。せめて、どきんちゃんじゃなきゃ。

母さんは、これでも正当派だからね、メロンパンナちゃんがいい!」と言って、

レジが済んだあとにも関わらず、息子が言い出して交換してもらったのだ。

(こんな大人ですまん)

 

でも結局は、メロンパンナちゃんの顔の黄色いチョコレートは香料がまずくて、

「メロンパンナちゃんは、おいしくなかったの。

やっぱり次は、アンパンマンにするわ!」とお姉さんに言ったら、クスクス笑われた。

 

高校生と言えば、うちの長男と一緒だ。

なんて、しっかりされているんだろう。そして、なんてかわいいのかしら。

 

うちの長男には、もったいないわ。

・・・って、違うか。でも、同じ年とは本当に思えない。

 

はぁ・・・かわいい。

はぁ・・・かわいい。

 

〜〜日常で見落としてしまっているだけで、たくさんの素敵な人がいる。

なんとも、うれしいことだ。

 

宝探しみたいだわ。

 

 

 

 

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07

6月

2011

「明日、世界が終わるとしても・・」

今日ある人が私に、

「知り合いに、世界の最後が近い・・と言われたのだけれども、

だったら何のために生きているのか、甲斐がないというか、

意味が分からなくなりますよね。」と言った。

 

その内容がどうかは問題でなく、命が短い・・と言われたら、「生きている甲斐がない」と

感じてしまうことに、ピンと来なかった。

 

私たちは、元々いつ死ぬか分からない存在だ。

私たちは、今を生きる生き物だ。

 

確かに、すばらしい計画が無駄になるかもしれない。

確かに、誰かの成長が途中までしか見られないかもしれない。

 

でも、「かもしれない」のは、当たり前のことで、

だからこそ、もし、いよいよ、この地球が爆発してしまうような事があっても、

前を向いて、心の明るさをきりりと保ち、きっちり生きる。生きてやるのだ。

 

その明るさの中に、宇宙に飛び立つことや、魂として生き続けるという印を受け取るのか、

なにがなにやら分からないが、そんな活路が開けるのも、

光を見つめ続ける、そんな強さがあってこそだ。

 

何かにぎりぎりになって、男たちが慌てふためいても、

太陽を仰ぎ、清らかな笑顔で微笑みあえる・・そんな私たちでありたい。

 

蟻鯛。

 

 

 

 

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06

6月

2011

「〜夢〜 1、2、3・・・」

朝方、夢を見た。

 

私は、多分アフリカのどこかの、子どもたちのいる施設にボランティアに行っていた。

 

1人の8、9才くらいの・・そう、体こそ小さいが、うちの次男と同じ年くらいの男の子が、私によくなついていた。あてがわれたから着ていただけの、薄い水色のやわらかい生地のシャツが似合っていたが、なんとなく寂しげな印象に見えた。彼が本当に好きな服を選んだならば、赤や黄色をきっと選んだと思う。元気な子だった。

 

施設の部屋のコンクリートにペンキを塗っただけの床は、思いのほかひんやりしていて、気持ちよかった。外は、もう夜のはずなのに、まだほんのり明るかった。

 

彼の国の言葉を、私がまったく話せなかったので、彼は数字の数え方を教えてくれた。「1,2,3・・っていうんだよ。」そう言った・・と思う。私は彼の言うままに繰り返したが下手らしく、大笑いされた。代わりに私も日本語で「日本では、いち、にー、さん・・って言うんだよ。」と言ったら、彼は器用に真似て上手に発音した。

 

私と彼は、彼の国の1、2、3を繰り返し繰り返し、交互に言い合って、練習した。3の発音が難しいのだ。

 

「1、2、3・・!!わぁ〜〜やっと上手に言えた〜〜!!」

上手く言えて嬉しい私は、横たわっていた彼を見下ろすと、気付かない間に彼は私の膝を枕にして、眠りについていた。

 

彼には、家族はいない。私もここにずっといられない。私は、膝枕になったまま、しばらく彼の顔と、ガラスのない窓から見える景色とを、交互に見た。空の色は、ちょうど彼のシャツと同じ、少しグレーがかった水色だった。

 

______

 

朝私が目を覚ましたまま布団の中で、胸が苦しくて、この夢のせいだと気付くまでに数分間かかった。

 

 

 

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09

5月

2011

『スプーンで空へ・・震災への想い』

震災への想いを、やっと書くことが出来ました。

 

『スプーンで空へ・・震災への想い』

 

手の小指の爪が剥がれて、ずきずき脈打つ、痛みだろうか。
お腹を下して、脂汗。
吐いても吐いても止まぬ苦しさか。

いや、違う。
自分の行いを振り返ることが出来る。
普段の行いが悪いのか!などと愚痴も言える。

ならば、別の男に、彼女をとられた悔しさか。
天変地異にも似ていると、恋のことをよく言うじゃないか。

いや、でも、違う。生きている。

ならば、ならば、
不意に我が子を自殺でうしなった、苦しさだろうか。
そうなのだろうか。
まだしも、自分自身を呪える分だけ、救いがあるのか?

__

あの晴れた午後。
宇宙に浮かんでいるはずの、青い星にある、小さな島が揺れた。
外側から星を、大きな人差し指でつん、とつつかれたのではない。
星がうずいたのだ。それとも、身震いだったのか。

仙台市石巻。
被災地に炊き出しと物資の支援に行った人が言っていた。
残った多くの人が、家族を失っていると。

意外だったのが、
皆、声をあらげたり、け落とし、物を奪いあうのではなく、
心静かに見えたと。


心静かに見えたと聞いて、
私の心に浮かぶのは、
どこまで続いているのか分からない、果ての見えない湖。
その湖の深い水の底。。。

ある人は、木の椅子に姿勢良く座り、
ただ何をみるでもなく、前をむいている。
ある人は、横になり、体を小さく丸めている。
ある人は、膝をかかえて、顔をうずめて、しゃがんでる。

皆、湖の底で、今日とか明日とか未来とか関係なく、
自分の今の心と一緒に、沈んでいる。

時に、怒りみなぎり、目から熱い水が落ちることもあろうが、
またたくまに、心の湖にとけていく。

「なぜ、あなたなの?」

「なぜ、わたしではないの?」

「なぜ、こんな目に?」



私に出来ることは、なんだろう。
目の前の子ども達は、朝となれば「ご飯!」とさえずり、
今日は雨だからと家にいれば、「遊んでちょうだい!」と叫ぶ。

食器を洗いながら、蛇口から出てくる水を見つめ、
この水は、大丈夫だろうか?と不安になる。
この雨は?この風は?この空気は?と、見えない放射能に、おびえながら。

そんな私に出来ることは、なんだろう。
未来という時間を、感じる暮らしが出来ている
そんな私に出来ることは、なんだろう。



流しで洗った、ティースプーンをひとつ見つめて思った。
このスプーンで、湖の水を一杯づつ、救いだし、空に返そう。

被災地に行き、スコップで、ドロを掻き出すことは出来なくても、
この台所で、この場所で、
スプーンを握り、湖の水をスプーン一杯づつ、救いだし、空に返そう。

朝になったら、ご飯をつくり、笑顔で「おはよう!」と子ども達に言おう。
4月になったら、子どもと手をつなぎ、桜の花びら散るのをみて、
言葉にならない言葉を心に咲かせよう。

うれしいことをやってもらったら、ありがとう。
いやなことをされたら、「いやだったのよ」と、言う強さ。
いけないことしちゃったら、ごめんなさい。
人にされて嫌なことは、しちゃいけません!

母親だって、ただの人間。
子どもがいるから、なんとか、母親なのだ。
当たり前に大事なことを、当たり前に自分で出来るだけ出来るように。
当たり前のことを、子どもにつたえながら、自分を育てながら。

そうして、湖の水をスプーンで一杯づつ、救いだし、空に返そう。


忘れない。
忘れない。
私の残りの人生の間、ずっと。
忘れない。
忘れない。
男たちが、もし社会にやっきになっとしても、ずっと。

そうして、湖の水を一杯づつ、救いだし、空に返そう。


今ある命を愛そう。
これから来る命を愛そう。
これから先、延々と続くだろう命を愛そう。

強さや賢さや見た目ではなく、
一人一人の子を、ひとつひとつの命として、ただ愛するのだ。


これから子どもを産むだろう、女性たちに、勇気を!
それを見守る、すでに母親である、私たちに、勇気を!

そうして、湖の水をスプーンで一杯づつ、救いだし、空に返すんだ。

 

___

 

本当に、ごめんなさい。

天国に登っていった、たくさんのひとたちは、

誰かのママであり、誰かのおじいちゃんであり、誰かの孫であり、

誰かの・・かわいい、かわいい、本当にかわいい子であったはずなのに。

 

一人一人でなく、たんさんのうちの一人一人にしてしまって、

本当にごめんなさい。

 

できるだけ、私の想像の中の、出来るだけ、一人一人の人、

ひとつひとつの魂に、できるだけ丁寧に、ご冥福をお祈りします。

 

忘れません。

 

 

 

 

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02

4月

2011

『登美子の相談室』


困った時には、本当は、自分の回りの人に、助けてもうのが一番。

 

だいたいのことは、ちゃんと誰かに聞いてもらえさえすれば、自分で決めて進めます。

 

ただ、身近な人に言いづらいこと、暗すぎて発言できないとかね。重すぎて言えないとか。

 

私なりのお返事しか出来ませんので、お気軽にどうぞ♪

 

あと、公には、相談しづらい内容だとかであれば、メールとか、やれる範囲でだけど、別の方法でご相談のりますのでね。

 

もちろん、万能じゃないですよ。おっちょこちょいですし。バタバタしてるし。

でも、そんな私でもよかったらですね、困って一人で泣いちゃうくらいなら、コメントしてね。

 

 

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